大岡昇平『成城だより』

六十五年を読書にすごせし、わが一生、本の終焉と共に終らんとす。わが青春は「雄弁」時代の終りと接続す、有名人の講演会に行ったことなく、一人にて読書黙思す。現代は再びおしゃべり時代となる。しかし本は思想を活字に固定して、繰返し検討に堪ゆ。あまり悪くない一生を送ったような気がして来た。ふしぎな歓喜の一瞬だった。