中原昌也「『あらゆる場所に花束が……』文庫版あとがき」

自己表現などという身勝手なものが、人が期待するほど、そんなに有り難いものなんかであるはずがない。しかも有り難いものでなければならない義務だってない。様々な感情が人の顔の種類と同じく微妙な差異で存在しているように、多様な表現が存在して然るべきなのだ。それを許さず安易な感情移入や安手の感情移入とやらだけが小説だの文学だの物語だのといって罷(まか)り通る世の中には、心から吐き気がする。怒りを覚える。権力が常にわれわれの生活に関与し、おのれの都合のいい理不尽な制度を捏造するのと、それはまったく同じだ。ハッピーエンドなんてあり得ない。このような世界では絶対に。そのような真実を暴く……とまではいかないが、幻想に取り憑かれ安定したと思い込まされている人々の人生に横槍を入れ、出来る限りイラつかせる。僕にもし、作家として信じるに足る誠実な仕事があるのならそれをやるしかないと思っている。