藤枝静雄『田紳有楽』

私は後ろの押入れの棚から骨笛をとり出し、鉦(かね)と太鼓を膝前に据えて構えた。そして精いっぱいの思いをこめて「プーッ」と一声を挙げ、撥(ばち)をとって「デン」と打った。「プープププー、デンデデンデン」と次第に調子をととのえ緩急をはかって演奏をつづけると、妙見がコップ片手に大声一喝「ペイーッ」と合の手を入れた。楽が進むほどに呼吸があい、しばらくは双方われを忘れて唱和する。私は笛の合間に思わず心魂をふりしぼり祈をこめて「田紳有楽、田紳有楽、捉えよ、捉えよ」と叫んでいたのであった。