パブロ・ネルーダ

    「歩きまわる」(抄)(桑名一博 訳)


・俺は人間であることにうんざりしている


・俺はいつまでも暗闇の根でありたくない


・こんな不運つづきはもう御免だ
 俺はもう御免だ 根であり墓であり続けるのは
 寒さに震え 悲嘆にさいなまれながら
 ぽつねんとした穴倉であり 死体置場であり続けるのは


・コーヒーポットには入歯が置き忘れられている
 羞恥と恐怖で泣いたに違いない鏡がある
 あらゆる処に傘がある 毒薬がある へその緒がある

 

    「マチュピチュの頂」(抄)(野谷文昭 訳)


・わたしには愛せなかった それぞれの人間の裡で
 小さな秋(数多の木の葉の死)を背負う木を
 大地もなく深遠もない
 あらゆる偽りの死と復活を
 わたしは泳ぎたかった 無窮の生の中で
 無限に広がる河口で


・ランプも 火も パンも 石も 静けさもない
 最も慎しい家を次々と訪ねては ただひとり
 わたしは自分だけの死を遂げていった


・お前のきらめきは悩まされて何を呟く?
 お前のひそかな反逆の稲妻は
 かつて言葉を住まわせて旅したか?


・愛よ 愛 境界に触れてはならない
 沈んだ頭(こうべ)を崇めてはならない


・石は石に では 人は 何処にいたのか?
 空気は空気に では 人は 何処にいたのか?
 時は時に では 人は 何処にいたのか?


・今日 海よりも広い この幸福を忘れさせてくれ
 なぜなら 人は海より 海に浮ぶ島よりも広く
 人は 井戸に飛び込むように 深みに身を躍らせ
 秘められた水と底に沈む真実の小枝を手に
 上がってこなければならないから


・お前たちの死せる口を通じて語ろうとわたしはやってきた
 地上に散在する
 ありとあらゆる黙した唇を集めるのだ


・与えてくれ 静寂 水 希望を


 与えてくれ 戦い 鋼 火山を