2012-05-03から1日間の記事一覧

永井荷風『断腸亭日乗』「一九四五年三月九日」

余は五、六歩横町に進入りしが洋人の家の樫の木と余が庭の椎の大木炎々として燃上り黒烟(こくえん)風に渦巻き吹つけ来るに辟易し、近づきて家屋の焼け倒るるを見定(みさだむ)ること能わず。唯火焔の更に一段烈しく空に上るを見たるのみ。これ偏奇館楼上少か…

菊池寛「文芸作品の内容的価値」

芸術のみにかくれて、人生に呼びかけない作家は、象牙の塔にかくれて、銀の笛を吹いているようなものだ。それは十九世紀ころの芸術家の風俗だが、まだそんな風なポーズを欣(よろこ)んでいる人が多い。 文芸は経国の大事、私はそんな風に考えたい。生活第一、…