2012-12-13から1日間の記事一覧

田宮虎彦「末期の水」

孟冬十月二十日(新暦十二月三日)、例年ならば黒菅(くろすげ)の城下には霏々(ひひ)として白雪が舞っている頃である。だが、この年は何故か雪がおそかった。五日前の夜、亥の下刻に及んで初雪が僅かに降ったが、それも程なくやんで、夜明けとともに、冴えた藍…

島崎藤村「愛憎の念」

愛憎の念を壮んにしたい。愛することも足りなかった。憎むことも足りなかった。頑執し盲排することは湧き上って来るような壮んな愛憎の念からではない。あまり物事に淡泊では、生活の豊富に成り得ようがない。 長く航海を続けて陸地に恋い焦(こが)るるものは…