田宮虎彦「末期の水」

孟冬十月二十日(新暦十二月三日)、例年ならば黒菅(くろすげ)の城下には霏々(ひひ)として白雪が舞っている頃である。だが、この年は何故か雪がおそかった。五日前の夜、亥の下刻に及んで初雪が僅かに降ったが、それも程なくやんで、夜明けとともに、冴えた藍いろの空が粟粒ほどのぞいたかと思うと、重たく淀んだ雪雲がみるみる黒菅盆地の刈りあとの田面(たのも)を這って飛び散り、あくまで澄んだ初冬の空が、また柔かい和毛(にこげ)のような日差しをなげつづけはじめていた。