島崎藤村「愛憎の念」

愛憎の念を壮んにしたい。愛することも足りなかった。憎むことも足りなかった。頑執し盲排することは湧き上って来るような壮んな愛憎の念からではない。あまり物事に淡泊では、生活の豊富に成り得ようがない。
長く航海を続けて陸地に恋い焦(こが)るるものは、往々にして土を接吻するという。そこまで愛憎の念を持って行きたい。