2015-01-01から1ヶ月間の記事一覧

西条八十「懈怠」

日に幾度(いくたび)/眼(まなこ)をとざす/疲れて、ものうく。 瞼のうへに/とまれる蛾の/翅(はね)の薄白さ、また冷たさ。 ほのかに蒼(あを)み/螺(きさご)のごとく翳りゆく大地、/さびしげなる/白昼(ひる)の星宿。 をりをり、あたたかく/眉にふる花粉よ…

高山樗牛「滝口入道」

やがて来む寿永の秋の哀れ、治承の春の楽みに知る由も無く、六歳の後に昔の夢を辿りて直衣の袖を絞りし人々には、今宵の歓会も中々に忘られぬ思寝の涙なるべし。 驕る平家を盛りの桜に比べてか、散りて後の哀れは思はず、入道相国が花見の宴とて、六十余州の…

中塚一碧楼

病めば蒲団のそと冬海の青きを覚え

若山牧水

山を見よ山に日は照る海を見よ海に日は照るいざ唇(くち)を君

室生犀星「小景異情 その二」

ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの よしや うらぶれて異土の乞食となるとても 帰るところにあるまじや ひとり都のゆふぐれに ふるさとおもひ涙ぐむ そのこころもて 遠きみやこにかへらばや 遠きみやこにかへらばや

北村透谷「厭世詩家と女性」

恋愛は人世の秘鑰(ひやく)なり、恋愛ありて後人世あり、恋愛を抽(ぬ)き去りたらむには人生何の色味かあらむ、然るに尤も多く人世を観じ、尤も多く人世の秘奥を究むるといふ詩人なる怪物の尤も多く恋愛に罪業を作るは、抑(そ)も如何なる理(り)ぞ。古往今来詩…

荻原井泉水

月光ほろほろ風鈴に戯れ

森鷗外

書の上に寸ばかりなる女(おみな)来てわが読みて行く字の上にゐる

萩原朔太郎「蛙の死」

蛙が殺された、 子供がまるくなつて手をあげた、 みんないつしよに、 かわゆらしい、 血だらけの手をあげた、 月が出た、 丘の上に人が立つてゐる。 帽子の下に顔がある。 幼年思慕篇

斎藤緑雨「油地獄」

大丈夫(だいぢやうふ)当(ま)さに雄飛すべしと、入(い)らざる智慧を趙温(てうをん)に附けられたおかげには、鋤だの鍬だの見るも賤しい心地がせられ、水盃(みづさかづき)をも仕兼ねない父母(ちゝはゝ)の手許(てもと)を離れて、玉(たま)でもないものを東京へ琢…

大須賀乙字

火遊びの我れ一人ゐしは枯野かな

山川登美子

しら珠の珠数屋町とはいづかたぞ中京こえて人に問はまし

山村暮鳥「囈語」

竊盜金魚 強盜喇叭 恐喝胡弓 賭博ねこ 詐欺更紗 涜職天鵞絨 姦淫林檎 傷害雲雀 殺人ちゆりつぷ 墮胎陰影 騷擾ゆき 放火まるめろ 誘拐かすてえら。

巌谷小波「こがね丸」

むかし或る深山(みやま)の奥に、一匹の虎住みけり。幾星霜(としつき)をや経たりけん、軀尋常(よのつね)の犢(こうし)よりも大(おほき)く、眼(まなこ)は百錬の鏡を欺き、髯は一束(つか)の針に似て、一度(たび)吼ゆれば声山谷(さんこく)を轟かして、梢の鳥も落…

河東碧梧桐

炭挽く手袋の手して母よ

青山霞村

一群の技芸天女が楽やめて撥をなげたか銀杏葉がちる

白鳥省吾「世界と僕」

世界は奥深い嗟嘆と輝きに咽んでゐる、 あらゆるものを含む不思議な異性だ。 いつも僕を美と真実と力で恍惚させる 僕はたゞ一人で世界に向つてゐる、 世界と僕とは女と男とだ、 炎と蜜との相互だ、 在るものは世界と僕との二人だけだ。 また世界は無数のもの…

森鷗外「北条霞亭」

わたくしは伊沢蘭軒を伝するに当つて、筆を行(や)る間に料(はか)らずも北条霞亭に逢著した。それは霞亭が福山侯阿倍正精(まさきよ)に仕へて江戸に召された時、菅茶山は其女姪にして霞亭の妻なる井上氏敬(うぢきやう)に諭すに、蘭軒を視ること猶父のごとく…

森鷗外「半日」

六畳の間に、床を三つ並べて取つて、七つになる娘を真中に寝かして、夫婦が寝てゐる。宵に活けて置いた桐火桶の佐倉炭が、白い灰になつてしまつて、主人の枕元には、唯ゞ心(しん)を引込ませたランプが微かに燃えてゐる。その脇には、時計や手帳などを入れた…

森鷗外「舞姫」

石炭をば早や積み果てつ中等室の卓のほとりはいと閑かにて熾熱燈の光の晴れがましきもやくなし、今宵は夜毎にこゝに集ひ来る骨牌仲間も「ホテル」に宿りて舟に残りしは余一人のみなれば

河東碧梧桐

思はずもヒヨコ生まれぬ冬薔薇

落合直文

緋縅(ひをどし)のよろひをつけて太刀はきて見ばやとぞおもふ山ざくら花

北原白秋「敵」

いづこにか敵のゐて、 敵のゐてかくるるごとし。 酒倉のかげをゆく日も、 街の問屋に 銀紙買ひに行くときも、 うつし絵を手の甲に押し、 手の甲に押し、 夕日の水路見るときも、 ただひとりさまよふ街の いづこにか敵のゐて つけねらふ、つけねらふ、静ここ…

広津柳浪「残菊」

ここにお話いたす昔語(むかしがたり)。世の中に心細いと云ふて其時の様な事はなく、悲しさ名残惜しさも、また之に勝るものはありますまい。過し昔にあつた程の悌、今身に迫る苦艱(くげん)、見ぬ世の覚束なさ――花ならば散ぎわ。あゝ、其時の私の心、想へば夢…

河東碧梧桐

赤い椿白い椿と落ちにけり

窪田空穂

鉦鳴らし信濃の国を行き行かばありしながらの母見るらむか

薄田泣菫「白すみれ」

一 忘れがたみよ、津の国の 遠里(とほざと)小野の白すみれ、 人待ちなれし木(こ)のもとに、 摘みしむかしの香(か)ににほふ。 二 日は水の如(ごと)往(ゆ)きしかど、 今はたひとり、そのかみの 心知りなるささやきに、 物思はする花をぐさ。 三 ふと聞きなれし…

幸田露伴「風流仏」

三尊四天王十二童子十六羅漢さては五百羅漢、までを胸中に蔵めて鉈小刀に彫り浮かべる腕前に、運慶も知らぬ人は讃歎すれども鳥仏師知る身の心恥かしく。其道に志す事深きにつけておのが業の足らざるを恨み。爰日本美術国に生れながら今の世に飛騨の工匠なし…

夏目漱石

秋の江に打ち込む杭の響かな

高崎正風

泣く人をいぶかしげにもうちまもり随ひ行くか父のひつぎに