2015-01-01から1ヶ月間の記事一覧

草野心平「秋の夜の会話」

さむいね ああさむいね 虫がないてるね ああ虫がないてるね もうすぐ土の中だね 土の中はいやだね 痩せたね 君もずゐぶん痩せたね どこがこんなに切ないんだらうね 腹だらうかね 腹をとつたら死ぬだらうね 死にたくはないね さむいね ああ虫がないてるね

夏目漱石「道草」

健三が遠い所から帰つて来て駒込の奥に世帯を持つたのは東京を出てから何年目になるだらう。彼は故郷の土を踏む珍らしさのうちに一種の淋し味さへ感じた。 彼の身体には新らしく後(あと)に見捨てた遠い国の臭(にほひ)がまだ付着してゐた。彼はそれを忌んだ。…

夏目漱石「坊つちやん」

親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりして居る。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間程腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出して居たら、同級生の一人が冗談に、…

原石鼎

秋風や模様のちがふ皿二つ

斎藤茂吉

めん鶏ら砂あび居たれひつそりと剃刀研人(とぎ)は過ぎ行きにけり

八木重吉「はらへたまつてゆく かなしみ」

かなしみは しづかに たまつてくる しみじみと そして なみなみと たまりたまつてくる わたしの かなしみは ひそかに だが つよく 透きとほつて ゆく こうして わたしは 痴人のごとく さいげんもなく かなしみを たべてゐる いづくへとても ゆくところもない…

寺田寅彦「団栗」

もう何年前になるか思い出せぬが日は覚えている。暮もおし詰った二十六日の晩、妻は下女を連れて下谷摩利支天の縁日へ出掛けた。十時過ぎに帰って来て、袂からおみやげの金鍔と焼栗を出して余のノートを読んでいる机の隅へそっとのせて、便所へはいったがや…

前田普羅

駒ヶ嶽凍てゝ巌(いわお)を落しけり

尾上柴舟

つけ捨てし野火の烟のあか/\と見えゆく頃ぞ山は悲しき

富永太郎「秋の悲歎」

私は透明な秋の薄暮の中に墜ちる。戦慄は去つた。道路のあらゆる直線が甦る。あれらのこんもりとした貪婪な樹々さへも闇を招いてはゐない。 私はたゞ微かに煙を擧げる私のパイプによつてのみ生きる。あの、ほつそりとした白陶土製のかの女の頸に、私は千の靜…

正岡子規「病牀六尺」

○病牀六尺、これが我世界である。しかも此六尺の病牀が余には広過ぎるのである。僅に手を延ばして畳に触れる事はあるが、布団の外へ迄足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない。甚だしい時は極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も体の動けない事がある。苦痛、…

飯田蛇笏

芋の露連山影を正しうす

岡本かの子

力など望まで弱く美しく生れしまゝの男にてあれ

宮沢賢治「屈折率」

七つ森のこつちのひとつが 水の中よりもつと明るく そしてたいへん巨きいのに わたくしはでこぼこ凍つたみちをふみ このでこぼこの雪をふみ 向ふの縮れた亜鉛の雲へ 陰気な郵便脚夫のやうに (またアラツディン 洋燈(ラムプ)とり) 急がなければならないのか

徳冨蘆花「不如帰」

上州伊香保千明(ちぎら)の三階の障子開きて、夕景色を眺むる婦人。年は十八九。品好き丸髷(まげ)に結いて、草色の紐つけし小紋縮緬の被布を着たり。 色白の細面、眉の間やゝ蹙(せま)りて、頬のあたりの肉寒げなるが、疵と云へば疵なれど、瘠形のすらりと静淑…

村上鬼城

冬蜂の死に所なく歩行きけり

土岐善麿

日本に住み、 日本の国のことばもて言ふは危(あや)ふし わが思ふ事。

高橋新吉「断言はダダイスト」

DADAは一切を断言し否定する。 無限とか無とか、それはタバコとかコシマキとか単語とかと同音に響く。 想像に湧く一切のものは実在するのである。 一切の過去は納豆の未来に包含されてゐる。 人間の及ばない想像を、石や鰯の頭に依つて想像し得ると、杓…

国木田独歩「河霧」

上田豊吉がその故郷を出たのは今より大概(おおよそ)二十年ばかり前のことであった。 その時渠(かれ)は二十二歳であったが、郷党みな渠が前途(ゆくすえ)の成功を卜(ぼく)してその門出を祝した。「大(おおい)なる事業」ちょう言葉の宮の壮麗(うるわ)しき台(う…

渡辺水巴

天渺々(びょうびょう)笑ひたくなりし花野かな

宮沢賢治

黒板は赤き傷受け雲垂れてうすくらき日をすすり泣くなり

三木露風「赤蜻蛉」

夕焼、小焼の/あかとんぼ/負はれて見たのは/いつの日か。 山の畑の/桑の実を/小籠に摘んだは/まぼろしか。 十五で姐やは/嫁に行き/お里のたよりも/絶えはてた。 夕やけ小やけの/赤とんぼ/とまつてゐるよ/竿の先。

尾崎紅葉「金色夜叉」

未(ま)だ宵ながら松立てる門(かど)は一様に鎖籠(さしこ)めて、真直(ますぐ)に長く東より西に横(よこた)はれる大道(だいだう)は掃きけるやうに物の影を留めず、いと寂しくも往来(ゆきゝ)の絶えたるに、例ならず繁き車輪(くるま)の輾(きしり)は、或(ある)は忙(…

尾崎放哉

咳をしても一人

石川啄木

高山(たかやま)のいただきに登り なにがなしに帽子をふりて 下(くだ)り来しかな

佐藤春夫「海辺の恋」

こぼれ松葉をかきあつめ/をとめのごとき君なりき、 こぼれ松葉に火をはなち/わらべのごときわれなりき。 わらべとをとめよりそひぬ/ただたまゆらの火をかこみ、 うれしくふたり手をとりぬ/かひなきことをただ夢み、 入り日のなかに立つけぶり/ありやな…

樋口一葉「にごりえ」

おい木村さん信さん寄つてお出よ、お寄りといつたら寄つても宜いではないか、又素通りで二葉やへ行く気だらう、押かけて行つて引ずつて来るからさう思ひな、ほんとにお湯なら帰りに屹度よつてお呉れよ、嘘つ吐きだから何を言ふか知れやしないと店先に立つて…

樋口一葉「たけくらべ」

廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝に燈火うつる三階の騒ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行来にはかり知られぬ全盛をうらなひて、大音寺前と名は仏くさけれど、さりとは陽気の町と住みたる人の申き、三嶋神社の角をまがりてより是れぞと見…

種田山頭火

うしろすがたのしぐれてゆくか

吉井勇

君がため瀟湘湖南(せうしやうこなん)の少女らはわれと遊ばずなりにけるかな