2015-05-16から1日間の記事一覧

古井由吉「木曜日に」

鈍色にけぶる西の中空から、ひとすじの山稜が遠い入江のように浮び上がり、御越山の頂きを雷が越しきったと山麓の人々が眺めあう時、まだ雨雲の濃くわだかまる山ぶところの奥深く、幾重もの山ひだにつつまれて眠るあの溪間でも、夕立ち上りはそれと知られた…

藤枝静男「一家団欒」

水面からの反射光とも、空からの光ともつかぬ、白っぽい光線が湖上に遍満していて、水だけはもう生まぬるい春の水になっていた。 章はそのなかを、遠い対岸めざして一直線に渡って行った。そうして、岸辺に到着すると、松林のなかを再びまっすぐに歩いて行っ…

丸谷才一「笹まくら」

香奠(こうでん)はどれくらいがいいだろう? 女の死のしらせを、黒い枠に囲まれた黄いろい葉書のなかに読んだとき、浜田庄吉はまずそう思った。あるいは、そのことだけを思った。その直前まで熱心に考えつづけていたのが、やはり香奠のことだから、すぐこんな…