藤枝静男「一家団欒」
水面からの反射光とも、空からの光ともつかぬ、白っぽい光線が湖上に遍満していて、水だけはもう生まぬるい春の水になっていた。
章はそのなかを、遠い対岸めざして一直線に渡って行った。そうして、岸辺に到着すると、松林のなかを再びまっすぐに歩いて行った。腎臓も、眼球も、骨髄も、それから血液も、残して役にたつだけのものは、死んだときみな病院に置いて来たので、彼の身は軽かった。
やがて章は、かねて自分が目的としていた場所にたどりついた。それは、小さな寺の本堂のわきの軟かい毬を一面にならべたような美しい茶畑にかこまれた、あまり古くない彼の家の墓場であった。
「とうとう来た。とうとう来た」
と彼は思った。すると急に、安堵とも悲しみともつかぬ情が、彼の胸を潮のように満たした。