丸谷才一「笹まくら」

 香奠(こうでん)はどれくらいがいいだろう? 女の死のしらせを、黒い枠に囲まれた黄いろい葉書のなかに読んだとき、浜田庄吉はまずそう思った。あるいは、そのことだけを思った。その直前まで熱心に考えつづけていたのが、やはり香奠のことだから、すぐこんなことを思案したのは心の惰性のようなものかもしれない。
 忙しい朝だった。課長は課長会議の席から電話で、いろいろなことを問合せたり、言いつけたりしてくる。ほかにも電話がかかってくるし、来客も多い。それに、出張中のもう一人の課長補佐が受持つ分まで、浜田に仕事がかぶさってくる。彼はそういうことの合間に、ある名誉教授の告別式に包む香奠の額を、庶務課の課長補佐として考えていたのである。その告別式にはたぶん学長がゆくはずだった。