2015-05-17から1日間の記事一覧

有吉佐和子「芝桜」

正子は決して不器用な娘ではない。踊りだって、清元だって、師匠が将来有望だと本気で期待しているほど勘がいいのである。だが何分にも狙いをつける金魚が大きすぎた。それはほんの数匹、金魚屋が見た目の景気づけに入れてある金魚だった。縁日に群がって来…

辻邦生「嵯峨野明月記」

一の声 私はもうすでに十分生きながらえてきたように思う。いまは残る歳月をお前たちのために役立てたいと思うばかりだ。私にはかつてのような体力もなく、お前たちや職人一統を率いてゆく気力もない。私がここを経営してすでに二十年。はじめて家の土台が置…

司馬遼太郎「坂の上の雲」

まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている。 その列島のなかの一つの島が四国であり、四国は、讃岐、阿波、土佐、伊予にわかれている。伊予の首邑は松山。 城は、松山城という。城下の人口は士族をふくめて三万。その市街の中央に釜を伏せたような…