有吉佐和子「芝桜」

 正子は決して不器用な娘ではない。踊りだって、清元だって、師匠が将来有望だと本気で期待しているほど勘がいいのである。だが何分にも狙いをつける金魚が大きすぎた。それはほんの数匹、金魚屋が見た目の景気づけに入れてある金魚だった。縁日に群がって来る子供たちでさえ、この網であの金魚は無理だと判断して決して追いかけない。それを正子は意地のように掬い続けて、どの網もたちまち破いてしまい、またたくうちに一円も使い果してから、ようやく諦めたのか、その割にはあまり口惜しそうな顔もせずに立上った。
 「よすの? まあもったいない」
 それまで手も出さずに黙って見ていた蔦代が、そう言いながらするりと正子と居所替りをして、正子が投げ捨てるように脇へ積んでいた破れた網を手にとると、破れ残っている紙の端を水に浸し、ひょいひょいっと小柄な金魚を掬っては金盥の水の中に投げ入れた。