2015-08-22から1日間の記事一覧

上野千鶴子『女という快楽』

男にとって、性を享受し生殖に責任を負わずにすむ社会は、一つの「男のユートピア」に違いないが、そういう社会は、同時に男性を生殖から排除してもいる。「女の腹は借りもの」が女の疎外なら、「男のタネは借りもの」もまた、男の疎外にほかならない。しか…

上野千鶴子『女という快楽』

女は男に、人間なんかであってほしいのではない。自分もまた相補性の片われにすぎないことを思い知れ、と迫る。それが惚れた女の特権だ。

上野千鶴子『女という快楽』

女が、人間としてさえ認められていないという不満の裏には、対等な他者として相補的なアイデンティティ・ゲームに参加せよ、というフェアネスへの要求がこめられている。

上野千鶴子『女という快楽』

しかしこのゲームは、もともと対等なゲームなのだろうか。ことばを占有してきた男たちは、女たちを名づけ、記述し、そのことによって女を客体化してきた。沈黙のうちにある女たちは、自分をとり戻すすべがない。女たちは「わたしって誰」であるかを、心理的…