2015-09-20から1日間の記事一覧

村上春樹「マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』 訳者あとがき」

アメリカも同じだ。歴史的に見てアメリカそのものが、激しい暴力によって勝ち取られ、簒奪された国家であることを思えば、その呪いが今ある人々を激しく規定することも、また理の当然であると言っていいかもしれない。アメリカの建国にあたって人々が光とし…

村上春樹「マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』 訳者あとがき」

非常に個人的な感想を、正直に言わせていただくなら、この本を一冊読みとおすことで(正確にいえば二年近い歳月をかけて翻訳することによって)、僕の人間に対する、あるいは世界に対する基本的な考え方は、少なからぬ変更を余儀なくされたのではないかと思…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

「何もよくなんかならない。絶対に。絶対に何もよくなんかならない」。何度も何度も自分に向かってそう言い聞かせる。そのうちに僕はその言葉の中に安らぎを見出して、やっとまた眠りに落ちることができる。

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

それを聞いて、僕はどうにもならないほどの激しい悲しみに沈みこんでしまう。そんなことが実際に行なわれるなんて、本当に信じられない。そんな喪失を目の前にしながらなおも人生が進行し、それに耐えていけるなんて、想像を超えている。そんな酷いものを抱…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

「俺たちの家族に起こったことで、口にするのが辛くないことがあるか」と彼は言った。

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

「でもそれでいくつかのことの説明はつく。どうして俺がこんなに精神的に駄目にされてしまったかということもな。そして母さんがどうして最初から最後まで俺に辛く当たってきたかということもな。なあ、父さんの死んだあと、ゲイリーとゲイレンは問題ばかり…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

人生の過程において僕はしばしば、愛したり好きになったりした人々を失ってきた。ある場合には彼らは死によって奪い去られたし、ある場合には彼らの側の愛が終わったし、ある場合には僕の中にある何かが僕をそこから立ち去らせた。僕を本当に愛してくれたり…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

「私があなたを必要としているほど、あなたは私のことを必要とはしていないのよ」

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

僕が学ばなくてはならないこと、すべての人々が学んでこなくてはならなかったことがある――それは人生は続くということだ。僕らは苦痛を呑み込み、記憶に向かいあい、赦せるものは赦していかなくてはならない。ともあれ、そういった真実だけは学べたのだ。 し…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

彼女は彼女の人生へと戻り、僕は僕の人生へと戻っていった。我々にできたのはただそれだけだった。

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

あなたが誰かを相手に、その相手の死をめぐって論争をするときに、あなたの心が乗り越えなくてはならない境界と障壁を思い浮かべてもらいたい。ゲイリーの選択にはたしかに論理性と一貫性があった。それは僕も認める。しかしだからといって、彼に生きていて…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

「二十二年間あいつは刑務所の野獣のような社会で叩き込まれてきて、あいつ自身野獣のようになってしまったんだよ。だからこそあんなおそろしいことができたんだ。 あいつは刑務所でひどいことを何度も目にしてきた。そういう話を俺はあいつの口から聞いた。…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

「考えてみたら、俺がおまえとまともに口をきいたのは、誰かが死んだ前後だけだ。そして今度は俺が死ぬ番ってわけさ」

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

その夜、自分の家に戻って、腰を下ろしてワインを飲みながら、この先いったいどうなるんだろうと考えた。きっと取り返しのつかないことになるぞと思ったことを覚えている。僕にとっても、僕の家族にとっても、そしておそらくこの国にとっても。過去も現在も…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

そこでようやく僕は理解することができた――母は常に、僕なんかよりもはるかに恐怖に近い場所で生きてきたのだと。涙に暮れながら、彼女は言った。「わかるかい? 自分のおなかを痛めた息子が、よその息子さんたちの命を奪うというのが、どういう気持ちのする…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

あなたの人生の可能性を、がらりと変えてしまうような日々がある――あなたが過去について理解していることを、あなたが未来について予測していることを。もう二度ともとには戻ることはないのだ、とあなたは知る。そのときに起こったことを、ずっと抱えたまま…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

僕と母とのあいだに親密な関係が生まれたのも、またこの時期だった。そうするしかなかったということもある。とにかく僕と母の二人しか存在しなかったのだから。でもそれだけではなく、僕の中におそらく母の目を通して世界を眺め、母の声を通して語られる世…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

今になってみれば、プレスリーやほかの人々の音楽が、兄たちの反逆の表象の手助けをし、代弁をしていたことがわかる。それはあくまで反抗のための反抗であり、明確なイデオロギーといえるようなものはなかった。たしかに素晴らしい音楽ではあったが、僕が物…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

ああ、僕は家族というものを憎む。僕はショッピング・モールで彼らが清潔な服を着て、一緒に歩いているところを見る。あるいは、友人たちが家族の集まりについて、家族のトラブルについて語るのを耳にする。彼らの家族を訪問することもある。そんなとき、僕…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

一段高いところから見れば、愛というものは――それがいかに深く切羽つまったものであれ――他人と悪い関係を持ち続けるための十分な理由にはならないと思う。とりわけその「悪さ」が結果的に他人を巻き込んで、傷つけ歪めていくような場合には。

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

「だって私が悪いのよ」と母は答えた。「私がつまらないことを言ったもんだから、父さんは私をこんな目にあわせたのよ。すべては私のせいなの。しょうがないことでしょう」。彼女のその答えは――自分が悪かったから殴られてもしかたないという考え方は――僕を…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

僕の知り合いは言った。「あなたのお父さんはどうやら、自分の息子たちがなにかを達成すると、その分、自分の影が薄くなると思っていたみたいね。自分にできることは、何によらず息子たちにはやらせまいと心に決めていたんじゃないかしら」

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

それが僕が学んだ人の愛し方だった――自分にとって欠くことのできない二つの愛のあいだで、仲を取り持つこともかなわない二つの愛のあいだで、二者択一を迫られること。そう、愛とは人をも殺しかねない行為なのだと僕は学んだ。あるいは少なくともときとして…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

「でも考えてもみろよ」とフランクは続けた。「そんな目にあわされて、自分のやったことに後悔なんてできるわけがないじゃないか。たとえばどこかでパンを一個万引きした男を捕まえたとする。それでそいつを引きずりだして、去勢しちゃったとする。果たして…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

夜中に人間ではないものに触られたりするよりもっと悪いことが世界にはあるということを、僕は知っていた。怒りや喪失や切望についてのさまざまな記憶がある。それらはきわめて破滅的であり、とらえどころがなく、人はそれらを墓場までしっかりと抱えていく…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

生者と死者とを隔てているのは一枚の薄いヴェールにすぎないという信念を彼女は持っていた。死んだものは常に近くにいるのよ――あなたが考えているよりずっと近くに、とベッシーは言った。

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

ときおり僕らは自分の過去について噓を語る。こんな立派なことをやったと噓をつくこともあれば、こんな罪を犯したと噓をつくこともある。それは自分という人間の重要性を高めるためなのだが、ときとして僕らは、自分がいちばん奥に隠している秘密を守るため…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

あるいはまた母は、すべての物語はそもそもの初めからすでに起こるべく決定されていたのだと考えるようになっていたのかもしれない。そしてやってくるはずもない希望や救済を延々とむなしく待ち続けていたなんて、結局のところ人生はおちのない残酷な悪い冗…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

その障壁(バリヤ)には何か非現実的なものがあった。それはほんとうは行き止まりではないはずの行き止まりだった。そこに封印されてきたものは土地ではなく、むしろ歴史――忘れられてしまったほうがいい過去――なのではないかという感覚をふと抱かされる。また…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

「おい坊主、死んだ人を踏みつけにしてはならん」と老人は指を突きだすようにして僕に言った。「断じてならん。いいか、おまえは死者の残したものの上に生きているんだ」 ※太字は出典では傍点