2015-09-01から1ヶ月間の記事一覧

フィリップ・K・ディック『暗闇のスキャナー』(山形浩生 訳)

生者は、死者に利用されてはならない。でも、死者は――マイクは、かたわらの空虚な形、ブルースのほうをチラリと見た――可能なら、生者のために利用されるべきなんだ。 それが人生の決まりなんだよ。 それに死者だって、感情があればの話だけど、生者に利用さ…

フィリップ・K・ディック『暗闇のスキャナー』(山形浩生 訳)

「知覚はあっても生きていないのを想像してごらん。見て、知ることもできるけど、生きてないの。ただ外を見てるだけ。認識はできるけど、生きてないの。人は死んでもまだやってける。ときどき人の目からのぞいてるものは、子供時代に死んだものかもしれない…

フィリップ・K・ディック『暗闇のスキャナー』(山形浩生 訳)

「この世でいちばん危険な人間は、自分の影を恐れる人間だ」

田村隆一「Nu」

窓のない部屋があるように 心の世界には部屋のない窓がある 蜜蜂の翅音 ひき裂かれる物と心の皮膚 ある夏の日の雨の光り そして死せる物のなかに あなたは黙って立ちどまる まだはっきりと物が生れないまえに 行方不明になったあなたの心が 窓のなかで叫んだ…

テリー・ケイ『白い犬とワルツを』(兼武進 訳)

「われわれ年寄りもときには会おうや」とほかの男がいう。 「めったに会わないもんな」と、またべつの男がいう。「だれか亡くなりでもしないかぎり。それでこうやって揺り椅子に坐って、自分の番を待ってる」 ひとりが不意に笑いだしたが、すぐに咳こんだ。…

スティーヴン・キング『スタンド・バイ・ミー』(山田順子 訳)

本当は、こうも言いたかった。人がものを書くたったひとつの理由は、過去を理解し、死すべき運命に対し覚悟を決めるためなのだ、だからこそ、作品の中の動詞は過去形が使われている、わがよき相棒のキースよ、百万部売れているペーパーバックでさえそうなの…

スティーヴン・キング『スタンド・バイ・ミー』(山田順子 訳)

わたしはこの十二歳のときの仲間たちのような友人は、その後ひとりももてなかった。世間の人はどうなのだろう?

スティーヴン・キング『スタンド・バイ・ミー』(山田順子 訳)

なににもまして重要だというものごとは、なににもまして口に出して言いにくいものだ。それはまた恥ずかしいことでもある。なぜならば、ことばというものは、ものごとの重要性を減少させてしまうからだ――ことばはものごとを縮小させてしまい、頭の中で考えて…

田村隆一「幻を見る人」

空から小鳥が墜ちてくる 誰もいない所で射殺された一羽の小鳥のために 野はある 窓から叫びが聴えてくる 誰もいない部屋で射殺されたひとつの叫びのために 世界はある 空は小鳥のためにあり 小鳥は空からしか墜ちてこない 窓は叫びのためにあり 叫びは窓から…

スウェーデンボルグ『霊界日記』(高橋和夫 訳編)

私は天使的な霊たちと、信心深い者たちの不運について話したが、よく知られているように、信心深い者たちは不信心な者たちと同じくらい、またそれ以上に不運をこうむっているのである。彼らのなかに試練の中に入れられる者がいる理由が語られた。それは彼ら…

村上春樹「マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』 訳者あとがき」

アメリカも同じだ。歴史的に見てアメリカそのものが、激しい暴力によって勝ち取られ、簒奪された国家であることを思えば、その呪いが今ある人々を激しく規定することも、また理の当然であると言っていいかもしれない。アメリカの建国にあたって人々が光とし…

村上春樹「マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』 訳者あとがき」

非常に個人的な感想を、正直に言わせていただくなら、この本を一冊読みとおすことで(正確にいえば二年近い歳月をかけて翻訳することによって)、僕の人間に対する、あるいは世界に対する基本的な考え方は、少なからぬ変更を余儀なくされたのではないかと思…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

「何もよくなんかならない。絶対に。絶対に何もよくなんかならない」。何度も何度も自分に向かってそう言い聞かせる。そのうちに僕はその言葉の中に安らぎを見出して、やっとまた眠りに落ちることができる。

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

それを聞いて、僕はどうにもならないほどの激しい悲しみに沈みこんでしまう。そんなことが実際に行なわれるなんて、本当に信じられない。そんな喪失を目の前にしながらなおも人生が進行し、それに耐えていけるなんて、想像を超えている。そんな酷いものを抱…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

「俺たちの家族に起こったことで、口にするのが辛くないことがあるか」と彼は言った。

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

「でもそれでいくつかのことの説明はつく。どうして俺がこんなに精神的に駄目にされてしまったかということもな。そして母さんがどうして最初から最後まで俺に辛く当たってきたかということもな。なあ、父さんの死んだあと、ゲイリーとゲイレンは問題ばかり…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

人生の過程において僕はしばしば、愛したり好きになったりした人々を失ってきた。ある場合には彼らは死によって奪い去られたし、ある場合には彼らの側の愛が終わったし、ある場合には僕の中にある何かが僕をそこから立ち去らせた。僕を本当に愛してくれたり…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

「私があなたを必要としているほど、あなたは私のことを必要とはしていないのよ」

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

僕が学ばなくてはならないこと、すべての人々が学んでこなくてはならなかったことがある――それは人生は続くということだ。僕らは苦痛を呑み込み、記憶に向かいあい、赦せるものは赦していかなくてはならない。ともあれ、そういった真実だけは学べたのだ。 し…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

彼女は彼女の人生へと戻り、僕は僕の人生へと戻っていった。我々にできたのはただそれだけだった。

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

あなたが誰かを相手に、その相手の死をめぐって論争をするときに、あなたの心が乗り越えなくてはならない境界と障壁を思い浮かべてもらいたい。ゲイリーの選択にはたしかに論理性と一貫性があった。それは僕も認める。しかしだからといって、彼に生きていて…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

「二十二年間あいつは刑務所の野獣のような社会で叩き込まれてきて、あいつ自身野獣のようになってしまったんだよ。だからこそあんなおそろしいことができたんだ。 あいつは刑務所でひどいことを何度も目にしてきた。そういう話を俺はあいつの口から聞いた。…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

「考えてみたら、俺がおまえとまともに口をきいたのは、誰かが死んだ前後だけだ。そして今度は俺が死ぬ番ってわけさ」

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

その夜、自分の家に戻って、腰を下ろしてワインを飲みながら、この先いったいどうなるんだろうと考えた。きっと取り返しのつかないことになるぞと思ったことを覚えている。僕にとっても、僕の家族にとっても、そしておそらくこの国にとっても。過去も現在も…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

そこでようやく僕は理解することができた――母は常に、僕なんかよりもはるかに恐怖に近い場所で生きてきたのだと。涙に暮れながら、彼女は言った。「わかるかい? 自分のおなかを痛めた息子が、よその息子さんたちの命を奪うというのが、どういう気持ちのする…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

あなたの人生の可能性を、がらりと変えてしまうような日々がある――あなたが過去について理解していることを、あなたが未来について予測していることを。もう二度ともとには戻ることはないのだ、とあなたは知る。そのときに起こったことを、ずっと抱えたまま…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

僕と母とのあいだに親密な関係が生まれたのも、またこの時期だった。そうするしかなかったということもある。とにかく僕と母の二人しか存在しなかったのだから。でもそれだけではなく、僕の中におそらく母の目を通して世界を眺め、母の声を通して語られる世…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

今になってみれば、プレスリーやほかの人々の音楽が、兄たちの反逆の表象の手助けをし、代弁をしていたことがわかる。それはあくまで反抗のための反抗であり、明確なイデオロギーといえるようなものはなかった。たしかに素晴らしい音楽ではあったが、僕が物…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

ああ、僕は家族というものを憎む。僕はショッピング・モールで彼らが清潔な服を着て、一緒に歩いているところを見る。あるいは、友人たちが家族の集まりについて、家族のトラブルについて語るのを耳にする。彼らの家族を訪問することもある。そんなとき、僕…

マイケル・ギルモア『心臓を貫かれて』(村上春樹 訳)

一段高いところから見れば、愛というものは――それがいかに深く切羽つまったものであれ――他人と悪い関係を持ち続けるための十分な理由にはならないと思う。とりわけその「悪さ」が結果的に他人を巻き込んで、傷つけ歪めていくような場合には。