チェーホフ『ワーニャ伯父さん』(神西清 訳)

アーストロフ 僕に言わせるとですね、僕の時代はもう過ぎてしまって、今じゃ何もかも手後れなんです。年はとるし、働きすぎてへとへとだし、俗物にはなるし、感情はすっかり鈍ってしまうし、今ではもう僕は、とても人間とは結びつけそうもありません。現に僕は、誰ひとりとして好きな人はないし、これから先も……好きな人はできますまい。そんな僕の心を、まだ捉える力があるのは、ほかでもない、美しさというものです。なんぼ僕だって、これだけには、平気じゃいられません。