チェーホフ『かもめ』(神西清 訳)

トリゴーリン その気になりさえすりゃ、非凡な女になれるんだ。幻の世界へ連れていってくれるような、若々しい、うっとりさせる、詩的な愛――この世でただそれだけが、幸福を与えてくれるのだ! そんな愛を、僕はまだ味わったことがない。……若いころは、雑誌社へお百度をふんだり、貧乏と闘ったりで、そんなひまがなかった。今やっとそれが、その愛が、ついにやってきて、手招きしているんだ。……それを避けなければならん理由が、どこにある?