谷川俊太郎「夢」

風 それは吹いているだろう
花 それは咲くだろう
空 それは青いだろういつまでも
だが
夢 それは破れるだろう
路地を曲る二人
彼等は今夜一緒に寝るだろう
酒場の小椅子の下の煙草の空箱
それは朝燃(も)されるだろう
雨 それはもうすぐ小降りになる
だが夢 それは破れるだろう
オデッセウスは舟出して
魔法使をうちやぶる
だが夢 それは破れるだろう
近親相姦はかくされているだろう
遊動円木はゆれるだろう
粉白粉(こなおしろい)は匂うだろう
夕方影は長いだろう
仔鹿は走ってゆくだろう
電話は時々鳴るだろうだが夢
それは破れるだろう
森 それはこんもりひろがっている
私たちは手をつないで小径を行った 木もれ陽が絶えず私たちを眩し
がらせた とある清水のかたわらに私たちは並んで坐った 落葉が厚
く散り敷いていた 私たちは何度も接吻しあった だが 夢 それは
破れるだろう