谷川俊太郎『愛について』「私の言葉1」

ぼくは大声で呼んでいた
雲は綿菓子になってくれなかった
空は窓になってくれなかった
ぼくはそれから稲叢(いなむら)のかげにかくれて
ジュリエットを呼んだ
ジュリエットは息をきらして駈けてきた
ぼくはいつまでもかくれていた
ぼくは息を殺して黙っていた――


そうして私はとらえられた
私の呼ばなかったものに
私はむち打たれ いれずみされ
背に幾本もの矢を立てられた
私はすべてのものを呼びつづけねばならなかった
あえぎながら
それらの偽りの名を