クロード・シモン『フランドルへの道』(平岡篤頼 訳)

「……歴史は(というか、お望みなら愚かさ、勇気、誇り、苦しみといってもいいさ)検定ずみの教科書や血統書つきの家族用に、でたらめに押収し、消毒し、おまけに口あたりをよくした残りかすしかあとに残さないってわけで…… ところが実際のことはおまえにどこまでわかる? たかがひとりの女のぺちゃくちゃしゃべったことだけで、しかも彼女はおそらくいくぶん艶(つや)のなくなった家紋や家名ををみがくことなどより――そんなのは一般にイグレジアのような奉公人の仕事だからな――おなじひとりの女の名誉を擁護することに気をとられていたのだろうし、それに……」