田村隆一「車輪 その断片」

   そこで顫えているものはなにか
   地の上に顔をふせて
   耳を掩っているものはなにか



一羽の小鳥が寒冷の時のなかにとまり
地上にちいさな影を落した


日没の時
人は黙って歩いた


人は黙って歩いた
叫ぶことがあまりにも多かったから


どこまで行くんだね
  ああ ああ と眼のない男が吐息をもらした


どこから来たんだね
  ああ ああ ああ と耳のない女が鳴いた


痩せ犬のメリイがこどもを産んだ
七匹の皮膚の下に また
ちいさな闇が生れた


  枯草のなかでみつけたものは
  枯草のなかでみつけたものは


水死人があがった
人が集ってきた
鐘が鳴った


  もう 死は
  誰のものなのかわからなかった