2015-09-30から1日間の記事一覧

田村隆一「車輪 その断片」

そこで顫えているものはなにか 地の上に顔をふせて 耳を掩っているものはなにか * 一羽の小鳥が寒冷の時のなかにとまり 地上にちいさな影を落した 日没の時 人は黙って歩いた 人は黙って歩いた 叫ぶことがあまりにも多かったから どこまで行くんだね ああ …

宮沢章夫「ただ面白いからそうしている・手相・病人は演技する」

私だけの話なのかもしれないし、もちろんほんとうに苦しんでいる病気の人がいることを承知で書こうと思う。 「病人は演技する」 病気を患う。まわりから、「お大事に」などと励まされ、心配や同情などされると、「俺は病気なんだ。ちゃんと病人らしくしてな…

沢木耕太郎『敗れざる者たち』「長距離ランナーの遺書」

ふと、自分はなぜ生きつづけているのかという馬鹿ばかしいほどプリミティヴな疑問が、脳裡をよぎる瞬間がある。そんな時、暗い奈落の底から視野に入ってくるのは、一群の若い死者たちの姿である。なぜ死んだのか、なぜ生きつづけられなかったのか。しかし、…

小川洋子「〝あの人〟の位置――「公園」(魚住陽子)を読んで」

小説を書く時は誰でも、心の中に〝あの人〟を持っているのではないだろうか。名前も肩書きも表情もなく、自分の内側にありながら自分自身ではなく、もちろん他の誰か知っている人とも違う、ただ存在の感触を漂わせるだけの〝あの人〟を、言葉によって明らか…

丸山健二「メガネマン」

眼鏡が精神に与える悪影響は想像以上ではないだろうか。そんな気がしてならない。五感のうちでは最も重要な役割を果している眼を、のべつレンズがふさいでいるのだから、何もないわけがない。たとえば依頼心の強さとか、自信の喪失とかに深く関わりがあるの…

金井美恵子『遊興一匹 迷い猫あずかってます』

猫を見ていると、「遊興一匹」だなあ、とつくづく思うのである。『沓掛時次郎・遊俠一匹』という加藤泰監督の映画があったけれど、いうまでもなく猫には、俠というものはないし、毎日見ていると、眠る(これにいちばん時間をさくようだ)、食べる、排泄する…