小川洋子「〝あの人〟の位置――「公園」(魚住陽子)を読んで」

 小説を書く時は誰でも、心の中に〝あの人〟を持っているのではないだろうか。名前も肩書きも表情もなく、自分の内側にありながら自分自身ではなく、もちろん他の誰か知っている人とも違う、ただ存在の感触を漂わせるだけの〝あの人〟を、言葉によって明らかなものにしたいと願えば、そこから小説は生まれてくると思う。
 その存在の感触が問題なのだ。感触だから輪郭はないし、あやうげに揺れ動いている。それがどんなに切実なものでも、言葉との間には大きな断層がある。そこを埋めるために言葉を積み上げ、物語を作ってゆく。物語の中で初めて〝あの人〟の姿を見ることができる。