田村隆一「十月の詩」

危機はわたしの属性である
わたしのなめらかな皮膚の下には
はげしい感情の暴風雨があり 十月の
淋しい海岸にうちあげられる
あたらしい屍体がある


   十月はわたしの帝国だ
   わたしのやさしい手は失われるものを支配する
   わたしのちいさな瞳は消えさるものを監視する
   わたしのやわらかい耳は死にゆくものの沈黙を聴く


恐怖はわたしの属性である
わたしのゆたかな血液のなかには
あらゆるものを殺戮する時がながれ 十月の
つめたい空にふるえている
あたらしい飢えがある


   十月はわたしの帝国だ
   わたしの死せる軍隊は雨のふるあらゆる都市を占領する
   わたしの死せる哨戒機は行方不明になった心の上空を旋回する
   わたしの死せる民衆は死にゆくもののために署名する