太宰治「書簡」(堤重久あて)

 君、いまさら赤い旗振って、「われら若き兵士プロレタリアの」という歌、うたえますか。無理ですよ。自身の感覚に無理な(白々しさを感ぜしむる)行動はいっさいさけること、必ず大きい破たんを生ずる。
一、いまのジャーナリズム、大醜態なり、新型便乗というものなり。文化立国もへったくれもありゃしない。戦時の新聞雑誌と同じじゃないか。古いよ。とにかくみんな古い。
一、戦時の苦労を全部否定するな。
一、いま叫ばれている何々主義、何々主義は、すべて一時のまにあわせものなるゆえをもって、次にまったく新しい思潮の台頭を待望せよ。
一、教養のないところに幸福なし。教養とは、まず、ハニカミを知ることなり。
一、保守派になれ。保守は反動にあらず、現実派なり。チエホフを思え。「桜の園」を思い出せ。
一、もし文献があったら、アナキズムの研究をはじめよ。倫理を原子(アトム)にせしアナキズム的思潮、あるいは新日本の活力になるかもしれず。(クロポトキンでも何でも、君が読んだあと、ぼくに貸してくれ。金木のほうへ送ってください。)
一、天皇は倫理の儀表としてこれを支持せよ。恋いしたう対象なければ、倫理は宙に迷うおそれあり。
(中略)
ぼくも三十八だからね、(君も、もういいとしになったろう)四十までには、大傑作を一つ書いておきたいよ。しかしそれは、心意気で、どうなるかね。
 ゆっくりやっていくつもり。