太宰治「書簡」(高田英之助あて)

幸福は、そのまま素直に受けたほうが、正しい。幸福を、逃げる必要は、ない。君のいままでの、くるしさ、ぼくには、たいへんよくわかっています。いまだから、朗らかに言えますが、ぼくは、君の懊悩の極点らしい時期に、御坂にひとりいて、君の苦しさ思いやり、君の自殺をさえ、おそれたくらいです。でも、もういい。君は、切り抜けた。「おめでとう。」「よかったね。」
 もう、ひとつ、「ありがとう。」ということばが、ある。これは、老生、いささか、てれます。でも、このことばも、素直に受けてくださいね。
(中略)
 君の、きのうまでの苦悩に、自信を持ちたまえ。ぼくは、信じている。まことに苦しんだものは、報いられる、と。堂々と、幸福を要求したまえ。神に。人の世に。
(中略)
 けっして、てれたり、深刻がったりしては、いけない。たのしみは、純粋に、たのしみとして、受けたまえ。君には、しばらく安楽に休息する権利がある。君は、苦しみ、努めてきた人だから。甘さに酔っても、けっして下等になるものではない。鶴は、立っていても鶴、寝ていても鶴ではないか。
(中略)
 二、三年、いや五、六年、日本にはぼくたちの黄金時代、ないかもしらない。けれども、ぼくは、気がながくなった。自信があるのだ。きっと勝てる。確信している。ぼくたち、だめになる理由、ちっともないじゃないか。それまで、君、悠然と一剣みがいておくんだね。悠然と、だよ。

   ※太字は出典では傍点