ジェームズ・ボールドウィン「サニーのブルース」(北山克彦 訳)

 音楽についてぼくの知っていることといえば、真に音楽をきいている人はそう多くはいない、ということだけだ。心の内でなにかが開き、音楽が入りこんでくるまれな場合でさえも、ぼくたちが聞いているもの、あるいは聞くことによって確かめているもののおおかたは、自分だけの、個人的な、束の間の印象の喚起に過ぎないのだ。だが、音楽を創造する人間はなにか別のものを聞いていて、虚空から湧きあがるとどろきを相手にし、それが大気を打つときに秩序を与えるのだ。彼のこころに呼び起されるものは、ゆえに、別の種類のもので、言葉を持たぬがゆえにさらに恐ろしく、また、同じ理由から、一層勝ち誇ってもいるのだ。彼が勝利をおさめたとき、彼の勝利の喜びはぼくたちのものなのだ。