山崎正和『柔らかい個人主義の誕生――消費社会の美学』

いはば、前産業化時代の社会において、大多数の人間が「誰でもないひと(ノーボディー)」であったとすれば、産業化時代の民主社会においては、それがひとしなみに尊重され、しかし、ひとしなみにしか扱はれない「誰でもよいひと(エニボディー)」に変った、といへるだらう。そして、さうであればこそ、この時代は国家の統一的な政策の有効な時代であり、制度的な義務教育、国民皆兵徴兵制、一律的な福祉政策といった、人間を集合化する問題解決の方法が発達したのである。
 これにたいして、いまや多くのひとびとが自分を「誰かであるひと(サムボディー)」として主張し、それがまた現実に応へられる場所を備へた社会が生まれつつある、といへる。