吉本隆明[聞き手]糸井重里『悪人正機』

 そうしてみると、要するに「名前」というのは、その人の相当に根源的な部分に関わっているものがあることを意味しているものなんじゃないのかなって思ったんです。その人の、根源的な何かっていう、累代の蓄積みたいなもの、それが「吉本」っていう文字の中にあるように思うんですね。もちろん、こういう姓は明治以降につけられたんだっていうことなんですけど、もっと前からの累積からいえば、ただ土地の名前だとか、そんな簡単な意味じゃなくて、もうちょっと呪術的な意味と言いますか、宗教的な意味があるんじゃないかって思うんです。
 だからこそ、名前っていうのは、今でもね、ちょっと人間をおかしくさせる何かがあるんだと、僕なんかは考えてますね。
 それに、人間の精神が異常になるっていうことも、未来に対しておかしくなるっていうことはないんですね。必ず、過去に関係しているんです。つまり、精神の異常さとされるものも、過去の時代では「変だ」と思っていますけど、ずっと昔まで遡ってみれば、誰もが普通に、名前に対して、ある種の畏怖だとか、関心の持ち方をしていた頃があったかもしれないわけで、そういうことが、何かの拍子に今、現れちゃってるんだって、そういうふうに解釈してもいいんじゃないかって思ってるんです。