松田薫『[血液型と性格]の社会史』

 デュンゲルン博士は、動物の血液も調べていた。ウサギ、イヌ、チンパンジーといった動物の血液を調べて、どうやら動物は「B型」の血液型であり、唯一チンパンジーからだけ「A型」が見つかることを認めていた。
 ともかく、片っ端から血液型を調べる博士だから、原来復だけでなく、この研究室を訪れる日本人も片っ端から調べられる。するとどういうわけか、日本人は「B型」が多かった。
 研究室の話題は、血液型の遺伝のことから、さらに民族によって血液型が違ってくるのではないかという話題にまで発展していく。この時代は白人の優位性を立証しようとする民族学(形質人類学)が盛んだった。デュンゲルン博士の調べたドイツ人は、「B型」が、わずか一一%しかいない。
「日本人は、『B型』が多い!?」
 博士の疑問とするところである。「B型」は、動物に多い血液型だという。日本人は、動物に近いのだろうか。ハンブルクの船員病院に入院している、外国語の話せない中国人も「B型」が多い……。日本人の原来復としては、はなはだ面白くないことであった。後年、血液型による民族示数をわりだすヒルシュフェルトも、民族によって血液型が異なるという問題意識をこのころ植えつけられたのだろう。
 すでに、ダーウィンの進化論(一八五八)があり、生物は、下等なものから高等動物へと進化してきたとする考えが一般化している。当然、血液型も、下等な血液型から上等な血液型へと進化してきたのではないかという考えをしたくなる。問題は、どの血液型が先にできたのかということだった。
 そのときの世界では、西欧文明が圧倒的な力を振るっていた。当然西欧人が優性の民族であり、その他のアジア・アフリカ人種は劣性の民族である。背が高く肌の白いドイツ人に「B型」が少ないとするなら、背が低く肌の黄色い「B型」は、進化途上で淘汰されてきた血液型ではないのかと考えてもいい。まだ実証されたわけでもないのに、何となくそうではないかという雰囲気が研究室にあった。