鷲田清一「からだで聴く」(『死なないでいる理由』所収)

 大工さんは手でのこぎりを挽きながら、木の声を、その木目や繊維のくせを聴き、それを呑み込んで木と木を組み上げるのだという。電気のこぎりを使うとその木のくせが読み取れない。だから時間がたつと柱がいびつになってくる。
 大工さんは掌に伝わる振動で木の声を聴いている。わたしたちが音楽を聴くときも、じっと耳を澄ますだけでなく、身を乗りだし、空気の振動に膚(はだ)をさらしながら聴いている。聴いているとは意識しないでからだ全体で音のきめにふれているのだろう。ひとの話を聴くときには、とくにそういうことが言えるだろう。
 (中略)
「からだで聴く」と言うと、比喩的な言い方だといわれる。けれどわたしには、「音を耳で聴く」というほがもっと比喩的な表現のようにおもわれる。