布施豊正『自殺と文化』

戦時中はどの国でも自殺率は減少する。この現象は、フランスの自殺学者デュルケームの指摘したとおりで、第一次大戦、第二次大戦でもまったく同じ傾向がみられた。注目すべきは、局地的内戦、派閥争い、王位争奪戦などは自殺率に全然影響を与えないのだが、国の興亡をかけた戦争や、国民全体を巻きこむような大革命のときなど、自殺は必ず減少するという鉄則である。
 自殺行為には、些細なまでの自己の問題にくよくよとし、異常なまでにそれにとらわれる内向的傾向があり、普通これを自己陶酔症、またはナルシシズムと呼んでいる。しかし、このような傾向は戦時中には極度に減少するのが通例である。戦時中、全国民は外敵に向って一致団結し、小さな私事よりも国家の存続、そして自分の属する最大の集団(即ち国民全体)の安寧という大義に関心を集中する。祖国と民族の生存という超個人的目的に全精神を集中するという現象はすべての交戦国に共通するものである。このように緊張した戦時下にあっては、利己主義、ナルシシズムなどは当然減少し、集団帰属意識は増大し、アグレッション(攻撃性傾向)は全て外向させて外敵に集中させるため、自殺は当然減少してくる。自殺はアグレッションを自己に内向させるためにおこる、という理論は、戦争に関してはあてはまる。しかし同時に、そのあまりにも強い集団帰属主義と団結力のため、そしてその帰属集団生存を守るという名目の下に集団中心的自殺がおこりやすい。(中略)
 さて戦争が一度終結して平和が回復されると、国民は今までの緊張感から解放されて、一夜にして虚脱状態におちいったり、再び自己の利己的な問題に目を向けるようになるので、どの国においても自殺が激増する