三木卓「鶸」

 その兵士は肩から吊している自動小銃をゆすりながら近づいて来、台の上にならべられた煙草の前まで来ると無造作に手を伸ばして一箱ずつポケットに入れはじめた。最初はズボンの左右に、それから外套に外側から縫いつけてある大型のものに、落着いた手付きでねじこんでいった。
 「止めて下さい」少年は打ちこまれた杭のように立ちすくんで、ただそれだけいった。「おねがいです。止めて下さい」かれはまた繰返した。言葉も皮膚の色も異なる占領軍兵士にそれが通じるわけはなかったし、勿論兵士は少年を完全に黙殺した。かれは少年の前で、無防備に背を丸めて屈みこみ、容易に報復の打撃を受けやすい姿勢で煙草に夢中になっていた。かれは少年が自分に、指一本触れることができないことをよく知っていたのだ。