阿部昭「大いなる日」

 さよならだ。永かったつきあいも、これでさよならだ。僕はいちばん古い友達をなくした。……〔中略〕
 僕はさいしょ、何の気なしに正面の玄関のほうへ歩き出した。すると、誰かが暗い廊下のむこうで僕を呼んだので、思い違いをしていたことに気がついたのだった。おやじを連れてきた時は堂々と表から入ったのだが、帰る時は裏口からなのだということに。その建物の一方の隅に、死者が運び出される専用口があったのである。〔中略〕
 上にかける夏蒲団がみじかいので、長身だったおやじの足首が、突き出ているのが見えた。二つの足首は、生者の場合にはあり得ないと思われる具合に、すなわち、左右の足の甲が思い思いのちぐはぐな角度にねじれて、まったく力なく傾いていた。
 それを見て僕は、もう一度、たしかにおやじは死んでしまったのだ、と思った。