北杜夫「楡家の人びと」

 楡病院の裏手にある賄場は昼餉の支度に大童であった。二斗炊きの大釜が四つ並んでいたが、百人に近い家族職員、三百三十人に余る患者たちの食事を用意しなければならなかったからである。
 竈の火はとうにかきだされ、水をかけられて黒い焼木杭になった薪が、コンクリートの床の上でまだぶすぶすと煙をあげていた。しかし忙しく食器を並べている従業員の誰も、そこへ行って燻っている薪を始末しようとはしなかった。そんなことにかまっている閑もなかったし、なによりそこは伊助爺さんの領分だったからだ。彼はもう十五年この病院で飯を炊いていて、おまけに御多分にもれぬ一刻者、ちょっとしたことでも他人に嘴を入れられることは容赦できない臍曲りだったのである。