佐藤紅緑「あゝ玉杯に花うけて」

 『ぢやお先に』
 チビ公は荷を担いで家を出た、何となく戦場へでも出るやうな緊張した気持が五体に溢れた、彼は生れて始めて責任を感じた、今までは寒いにつけ暑いにつけ、商売を休みたいと思つた事もあつた、又伯父さんに叱られるから仕方なしに出て行つた事もあつた、併し此の日は全然それと異つた一大革命が精神の上に稲妻の如く起つた。
 『俺がしつかりしなければみんなが困る』
 彼は警察にある伯父さんも伯母も母も痩腕一本で養はねばならぬ大責任を感ずると共に奔湍(ほんたん)の如き勇気が如何なる困難をも打砕いてやらうと決心させた。