長与善郎「竹澤先生と云ふ人」

 「竹澤先生と私」
 かう云ふ一つの題目が、決定的な気持ちでふつと自分の頭にうかんだのは、実に告別式の当日、先生の遺族と吾々ごく親しい者だけが先生の柩の後に蹤いて、霙のふる中を墓地へ行くあの途中の俥の中でゞあつた。人間はどんな哀しみのさ中にも何を考へるかわからない。玄関から棺を柩車へうつす時、白無垢を着た奥さんと可愛い二人のお嬢さんとが、泣きながら手を合はせて拝むのを見て、又も泣かされた自分は、あの長い寒い道中では、もう先生について何か書くと云ふ事の考へで頭が一杯であつた。