長谷川伸「夜もすがら検校」

 音もなく降りつづく雪の中に旅姿の盲人がただ一人、両手をあげて狂気のように叫んでいる。
 街道とはいえ里はずれ、人家は遥かに遠く盲人は、むざんな雪の苛責にとじこめられて泣き叫ぶ声すらが冷たい雪に籠められて遥かな人里に届こうはずはなかった。
 「りよ子、りよ子、友六、友六やい」
 雪の路を驀地(まっしぐら)に走る盲人は、忽ち足を辷らせ体を雪に埋めて倒れた。
 「りよ子、りよ子、友六」
 盲人はむっくと起(た)った。よろめく足許はあぶなく、答えるもののない夕暮れに、叫び声を振り絞っている。
 「人は居らぬのか、路行く人はないか、人家はないか、あっても皆笑っていなさるのか、盲じゃと思うて侮ってござるのか」