田村俊子「女作者」

 この女作者の頭脳(あたま)のなかは、今までに乏しい力をさんざ絞りだし絞りだし為(し)てきた残りの滓でいつぱいになつてゐて、もう何(ど)うこの袋を揉み絞つても、肉の付いた一と言も出てこなければ血の匂ひのする半句も食(は)みでてこない。暮れに押し詰つてからの頼まれものを弄(いじ)くりまわし持ち扱ひきつて、さうして毎日机の前に坐つては、原稿紙の枡のなかに麻の葉を拵えへたり立枠(たてわく)を描いたりしていたづら書きばかりしてゐる。
 女作者が火鉢をわきに置いてきちんと坐つてゐる座敷は二階の四畳半である。窓の外に搔きむしるやうな荒つぽい風の吹きすさむ日もあるけれ共、何うかすると張りのない艶のない呆やけたやうな日射しが払へば消えさうに嫋々(なよ/\)と、開けた障子の外から覗きこんでゐるやうな眠つぽい日もある。そんな時の空の色は何か一と色交(ま)ざつたやうな不透明な底の透かない光りを持つてはゐるけれども、さも、冬と云ふ権威の前にすつかり赤裸になつてうづくまつてゐる森の大きな立木の不態(ぶざま)さを微笑してゐるやうに、やんはりと静に膨らんで晴れてゐる。

   ※太字は出典では傍点