島村抱月「『破戒』を評す」

『破戒』はたしかに我が文壇に於ける近来の新発現である。予は此の作に対して、小説壇が始めて更に新しい廻転期に達したことを感ずるの情に堪えぬ。欧羅巴に於ける近世自然派の問題的作品に伝はつた生命は、此の作に依て始めて我が創作界に対等の発現を得たといつてよい。十九世紀末式ヴヱルトシュツメルツの香ひも出てゐる。我が小説壇に一期を画するもの、若しくは画せんとしつつあつた幾多の前駆者を総括して、最も鮮やかに新機運の旆籏を掲げたものとして、予は此の作に満腔の敬意を捧ぐるに躊躇しない。『破戒』はたしかに近来の大作である。