鈴木牧之「織婦(はたおりをんな)の発狂(きちがひ)」『北越雪譜』より

 ひととせある村の娘、はじめて上々のちぢみをあつらへられしゆゑ大(おほい)によろこび、金匁(きんせん)を論ぜず、ことさらに手際をみせて名をとらばやとて、績(うみ)はじめより人の手をからず、丹精の日数を歴(へ)て見事に織おろしたるを、さらしやより母が持(もち)きたりしとききて、娘ははやく見たく物をしかけたるをもうちおきてひらき見れば、いかにしてか匁(ぜに)ほどなる煤(すす)いろの暈(しみ)あるをみて、母(かか)さまいかにせんかなしやとて縮(ちぢみ)を顔にあてて哭(なき)倒れけるが、これより発狂(きちがひ)となり、さまざまの浪言(らうげん)をののしりて家内を狂ひはしるを見て、両親(ふたおや)娘が丹精したる心の内をおもひやりて哭(なき)になきけり。見る人々もあはれがりてみな袖をぬらしけるとぞ。友人なにがしがものがたりせり。