永田和宏「体のなかの数字」

 タンパク質はアミノ酸が繫がったものだということくらいは、高校の生物でかすかに習った記憶があるだろう。平均すると一個のタンパク質は数百個のアミノ酸が紐のようにつながっている。数百個のアミノ酸を、遺伝子に記された設計図どおりに順序正しくつないで一個のタンパク質を作る。そんなタンパク質を、個々の細胞が一秒間に数万個のスピードで作る。驚かないだろうか。
 私たちの体全体の細胞では、一秒間にいったい何個のタンパク質が作られるのか。これは気が遠くなりそうだから、このあたりにしておこう。
 少し話が細かくなりすぎた。もう少しイメージしやすい数を。
 人間はいろんな管をもっている。代表的なものが消化管と血管。まず口腔から胃、小腸、大腸を通って肛門まで続く消化管。私たちは体の内部に、消化管という外部を蔵している。胃のなかは、実は外部なのである。
 消化管の表面には粘膜があって栄養物の吸収を行っているが、できるだけ表面積を増やして吸収を効率的に行いたい。そこで、粘膜の襞を幾重にも折りたたみ、それでも足りないので絨毛、微絨毛と呼ばれる繊維をびっしり生やしている。こうして表面積を稼ぐ。長さ五、六メートルにもなる小腸の表面積たるや、一枚にひろげるとテニスコート一面分にもなるという。私たちの体はテニスコートをも抱え込んでいる!
 血管のほうはもっとすごい。毛細血管まですべて合わせると、その総延長はなんと十万キロメートル。地球を二周り半もすることになる。
 さてもう一度細胞にもどろう。細胞にも寿命がある。寿命は細胞の種類によって千差万別だが、私たちの身体全体としては平均して、一日に約二%の細胞が入れ替わっていると言われる。神経細胞のようにほとんど入れ替わりのない細胞もあるが、一年もすると、私たちの体を作っているほぼすべての細胞が別物に入れ替わっているはず。


 それでも私は私と信じて疑わないし、去年の恋人は今年もやはり恋人のままであろう。〈私〉とは何かという哲学はさて置き、状況はちょっと、私が阪神タイガースのファンであるという状況と似ていなくもない。十年前の阪神といまの阪神では、ほとんどの選手が入れ替わっている。監督も然り。もう四十年以上も阪神ファンである私は、いったい何を応援してきたのか。その〈何〉に当たるものは、実体としては何もない。あたかも十年前の〈私〉と同じ細胞はほとんどないと言うに等しい。
 私たちの体のなかの数字を辿ってみれば、まだまだおもしろい問題が山ほどころがっている。