向田邦子「糸の目」

「女の目には鈴を張れ
男の目には糸を引け」
 という諺があるという。
 舞妓さんのはなしは別として、女は、喜怒哀楽を目に出したところで大勢に影響はない。
 だが、男はそうではいけないのだという。
 何を考えているのか、全くわからないポーカーフェイスが成功のコツだという。
 そういえば、現職の刑事さんが、テレビの刑事ものを見て、こう言っているのを聞いたことがあった。
「みんな、目に出し過ぎるよ。何かあると、すぐ、顔に出す。本物はあんなこと、しないよ。あたしら、あ、こりゃイケるぞ、ピンとくる電話聞いたって、どこでブン屋〔新聞記者〕が見てるかも知れないと思やあ、顔にも目にも出さないね。
 何でもないあったり前の顔して、電話切ってさ、廊下へ出て人のみてないとこ来てから、ほっとして駆け出すのよ」
 その人のいうには、スリ係の刑事のドラマをみたが、あれも噓だと言う。
 スリをつかまえたかったら、もちっと目の細いハッキリしない顔の刑事を使わなきゃというのだ。
 目の大きい人はどうしても表情が目に出る。顔も印象が強いからすぐ覚えられスリも用心する。
 目の細いハッキリしない顔の、スリ係の刑事として一番ピッタリなのは誰でしょうかと伺ったら、その方は、迷うことなく、
「稲尾だね」
 といった。野球の稲尾投手である。
 そういっては失礼だがあの糸みみずのような細いお目が、刑事のお眼がねにかなっていたのである。