向田邦子「ねずみ花火」

 父の仕事の関係で転勤や引越しが多く、ひとつところに定着しなかったせいか、お彼岸やお盆の行事にはとんと無縁であった。
 なすびの馬も送り火精霊流しも、俳句の季題として文字の上の知識に過ぎず、自分の身近で手をそえてしたことは一度もない。
 ただ何かのはずみに、ふっと記憶の過去帳をめくって、ああ、あの時あんなこともあった、ごく小さな縁だったが、忘れられない何かをもらったことがあったと、亡くなった人達を思い出すことがある。
 思い出というのはねずみ花火のようなもので、いったん火をつけると、不意に足許で小さく火を吹き上げ、思いもかけないところへ飛んでいって爆(は)ぜ、人をびっくりさせる。
 何十年も忘れていたことをどうして今この瞬間に思い出したのか、そのことに驚きながら、顔も名前も忘れてしまった昔の死者たちに束の間の対面をする。これが私のお盆であり、送り火迎え火なのである。