里見トン「椿」

 暫くそうしていたが、息苦しくって耐(たま)らなくなって来て、姪が、そうっと顔を出して見ると、いつの間にか叔母は、普段のとおり肩をしっかり包んで、こちら向きに、静(しずか)に臥(ね)ていた。(まアいやな姉さん!)と思いながら、左下に臥返った。と、部屋の隅の暗さに、電灯の覆いの紅が滲んで、藤紫の隈(くま)となって、しじゅう見馴れた清方の元禄美人が、屏風のなかで死相を現わしている……。
「あら、いやだ」
 思わず眩(つぶや)いて、すぐまたくるりと向き返る鼻のさきで、だしぬけに叔母が、もうとても耐らない、という風に、ぷッと噴飯(ふきだ)すと、いつもなかなか笑わない人に似げなく、華美(はで)な友禅の夜着を鼻の上まで急いで引きあげ、肩から腰へかけて大波を揺らせながら、目をつぶって、大笑いに笑いぬく、――ちょいと初めの瞬間こそ面喰ったが、すぐにその可笑しい心持が、鏡にものの映るが如くに、姪の胸へもぴたりと来た。で、これも、ひとたまりもなく笑いだした。笑う、笑う、なんにも言わずに、ただもうくッくと笑い転げる……。それがしんかんと寝静った真夜中だけに、――従って大声がたてられないだけに、なおのこと可笑しかった。可笑しくって、可笑しくって、思えば思えば可笑しくって、どうにもならなく可笑しかった……。