ソルジェニーツィン『収容所群島』(木村浩 訳)

「私は認めるわけにいきません。審理は正しく行われませんでしたから」私はあまり歯切れよくなく言った。
「じゃ、仕方がない。では最初からやりなおすか!」彼はこわい顔つきになった。「警官のいる収容所にぶち込んでやるぞ」そう言って、私の調書を取り上げようとするかのように片方の手をのばした(私はすぐ指でそれを押えた)。
 ルビャンカ監獄の五階の窓の外では黄金のような落日が輝いていた。外界は五月だった。取調室の窓は、省の他の外窓と同様、堅く閉ざされており、冬期の目張りさえまだはがされていなかった。それは春の温かい息吹きと花の香りが外部から秘密にされたこれらの部屋へ入り込まないようにするためであった。煖炉の上の青銅の時計が静かに鳴った。落日の最後の光が時計をよこぎっていった。
 最初からのやり直し? 最初から始めるくらいなら、死んだほうがましだ、と思われた。このままでいけば、どんなものかわからないながらもとにかく一つの人生が約束されていたのだ(それがどんなにひどいものか、そのとき私が知っていれば!……)。やり直しの場合には、警官のいる収容所に送られるのだ。やはり彼を怒らせないほうがいい。それによって告訴状の調子も決るのだから……
 だから私はサインしたのだ。第一一項の付いたままサインしたのだ。当時、私はその重みを知らなかった。それによって刑期が延びることはないと言われもした。だが、ほかならぬこの第一一項のおかげで私は労役収容所へ送られたのだ。やはりこの第一一項のおかげで《解放》後も何の判決もなしに永久追放になったのである。