志賀直哉『城の崎にて』

 或朝の事、自分は一疋の蜂が玄関の屋根で死んで居るのを見つけた。足を腹の下にぴつたりとつけ、触角はだらしなく顔へたれ下がつてゐた。他の蜂は一向に冷淡だつた。巣の出入りに忙しくその傍を這ひまはるが全く拘泥する様子はなかつた。忙しく立ち働いてゐる蜂は如何にも生きてゐる物といふ感じを与へた。その傍に一疋、朝も昼も夕も、見る度に一つ所に全く動かずに俯向きに転つてゐるのを見ると、それが又如何にも死んだものといふ感じを与へるのだ。それは三日程その儘になつてゐた。それは見てゐて、如何にも静かな感じを与へた。淋しかつた。他の蜂が皆巣に入つて仕舞つた日暮、冷たい瓦の上に一つ残つた死骸を見る事は淋しかつた。然し、それは如何にも静かだつた。